Vol.11
10 April 1997

専門家はどっち?

 僕らプロジェクトで働く日本人スタッフの職名は、ちょっとこっぱずかしいですが、「専門家」です。タンザニア人スタッフも、タイトルこそ違いますが、プロのフォレスター(森林官)です。両国のプロが集まって、地域住民のために技術開発をしたり、普及をしたりしています。木に関しては我々はプロ、地域住民はアマチュア、あるいはシロウト、というのが前提になっています。

 ところがプロジェクトのあるサメで、プロ達の自尊心を痛く傷付ける事態が発生しました。近くのンジョロ村で住民参加を促進するためのミーティングを開いていたところ、住民の間から、「プロジェクトのくれる苗木はすぐ死ぬ。我々が自分で種をまいた木の方が活着率が良い」という意見が出たのです。

 これで一番傷ついたのはタンザニア人スタッフでした。自分達は指導しているつもりだったのに、指導されているはずの相手から、技術が劣っていると指摘されたのですから。あるスタッフは聞かれもしないのにいろいろ言い訳を始める有様でした。

 「品種が違うのではないか。」「いや、彼らがきっと配った苗木を誤った方法で植えたに違いない。」といくら理屈を並べても、複数の証言がありますから、何かプロジェクトが気付いていないことがありそうです。

 というわけで調査を行いました。調査と言っても大袈裟なものではなく、特に植林の経験が多い人を村人の中から選んでもらい、インタビューをしました。すると驚くべきこと(あくまで林業の専門家にとって、ですが)がわかってきました。それは農民達の科学的とも言える観察力と、探求心です。

 まず驚いたのが、彼らは単にプロジェクトの苗木の生存率が低い、と言っているだけでなく、理由を示すことができたことです。

 プロジェクトではポットで苗木を育てています。苗畑ではポットからはみ出した根っこは切ります。だって苗畑に根を下ろされたら困りますから。また苗畑では水をあげていますから、それほど根っこが成長する必要はありません。日本などでは一般的に根っこを切ったほうが、細かいひげ根がたくさん発生して苗木も丈夫になる、と考えられています。

 ンジョロ村の村人の植え方はポットを使いません。直播きといいますが、地面に直接種を播いてそのまま育てる方法です。彼らは一ヶ所に数個ずつの種を播き、発芽したものの内一番元気の良いものだけを残します。発芽した後、苗畑と違い切られませんから、木は根っこをどんどん伸ばします。そして地上部よりも先に地下部を成長させて水を確保するのが科学的に知られる乾燥地の木の戦略です。住民はこれを知っていて、

わしらが種みゃーて育てる木は、15cmくりゃーの高さでもうどえりゃー根っこが張っとって、ちっとくりゃー雨降らんでも枯れせん。おみゃーさんたちの苗はよー、背ばっか高ゃーけど根っこがちょびっとしかにゃーでよー、すぐ枯れてまうであかんぎゃー。

 名古屋弁に訳してみました。まあそれはともかく完敗です。乾燥地で木の根をいかに速く成長させるかは非常に重要な技術的ポイントなのです。彼らはそれを知っていたのみならず、ポットで作るより直播きにした方が根の成長がいいことまで観察していたのです。

 更に聞いてみると村人はいろいろな木の種類で試しており、どの木に使えてどの木に使えないかまでかなり把握しています。それどころか皮が固い種には傷をつける(これを専門用語でnippingと言います)と発芽が促進されることまで発見していました。

 最近手に入れたインドでの植林経験に基づいて書かれた技術書には、住民が行っているのと同じような方法が記述されていました。インドの森林官がたどり着いた結論に、ンジョロ村の農民も独自にたどり着いていたことになります。

 こうした地域住民が持っている技術的知識をIndigenous Technical Knowledge (ITK) 等と呼び、世界中で多くの例が観察されています。「農民に技術開発ができるのか?」という疑問もよく耳にしますが、日本でも科学とは縁の無い弥生時代に既に水田耕作の技術が存在したことを思い出してください。コメもムギもトウモロコシもバナナも、品種改良し、作物にまで仕立てたのは名も無い農民達ではなかったでしょうか。

 プロジェクトではこのンジョロ村スタイルを取り入れて今試験を行っています。全く新しいことを導入するより、彼らの既存の技術を改良した方が、彼らに容易に受け入れられるだろうという読みです。

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