Vol.19
2 May 1998

ヘダルの災害

 僕らが仕事をしているオフィスから南に40kmあまり南下した所に、ヘダルという小さな町があります。南パレ山脈の西側、ダルエスサラームとモシやアルーシャを結ぶ幹線道路沿いに、長距離トラックなどの休み場所、言わばドライブインのような機能を果たしている町です。

 南パレ山脈は、西側が急な斜面や崖になっており、東側へ向かって緩やかに傾斜しています。西側には山から流れてくる大きな川は一つも無く、雨が降った時だけに流れる小さな川があるだけです。ヘダルもそうした急斜面の下にあります。

 何度か書いたと思いますが、タンザニアでは1997年の後半から、エルニーニョの影響と言われている豪雨が続き、各地で水害が発生しています。ヘダルもその被害を受けた場所の一つで、急な斜面に降った豪雨が原因で土石流が何本も発生し、一説によると数十軒の家屋が流失あるいは倒壊し、6人が死亡または行方不明になったそうです。

ヘダルの山肌

 山肌に何本も走るのが土砂崩れや土石流の流れた跡です。ヘダルでの雨量の観測データは昨年からしか取っていないためにはっきりしたことはわかりませんが、年寄り達の話だと、約70年ぶりの大雨だったそうです。

 この災害に対し、サメ県では知事を委員長とする災害対策委員会を結成し、復旧にあたっています。僕らのプロジェクトのスタッフ達も森林官の立場から何かできることはないか、を検討するために、2月のある日、ヘダルの町へと大挙して出かけました。僕は前日に日本であった会議から帰ってきたばかりで、残念ながら参加できず、話だけを聞くことになりました。

 さて僕が気になったのは、災害そのものではありませんでした。無論被災者には同情しますし、被災地の復旧のために植林を行なう、そのためにできるだけの協力をすることはやぶさかではないのですが。でも僕が関心を持ったのは、プロジェクトのスタッフがこの災害をどう捉え、そしてヘダルの町へ何をしに出かけて行ったか、でした。

 まず出かける以前からスタッフ達が言っていたのは、「森林を伐採したこと事が災害の原因である」でした。確かに山の急斜面やその上で森林の伐採や放牧が行なわれており、それが災害を起こり易くした面は否定できないでしょう。しかし実際に現地を見もせず、また科学的調査も行なわないままに森林伐採が原因であると結論づけている、そのことが気になった第一点目でした。

 次にスタッフが大勢出かけて行って一体何をしてきたのか。聞いてみるとまず被災地を見学し、その後町長などの町の役員や町民などとの会見に及んだようです。会見はどうやら一方的なもののようで、「木を切ったのが悪い」「木を植えなくては災害が再発する」と、町の人を相手にほとんど一方的に講義を行なうような調子で進められた様子でした。これは彼らが帰ってきてから災害対策委員会に提出するために書いたレポートにも如実に現われており、「木を植えなくてはいけない」の一本槍でした。

 実は彼らがヘダルに向かう前からこうなることはある程度予想していたのですが、レポートには地域住民のイニシアティブについては一言も触れられていません。あくまで森林官である彼らが正しく、町はその指導に従って植林を進めるべし、という論調です。

 正直がっかりしました。プロジェクトが今までやって来ている、そしてタンザニア政府もやろうとしている仕事は、住民自身に考えてもらい、住民自身が問題解決に主体的に当たる、というものです。森林官が自分達が考える範囲のみで出した結論を住民に押し付ける、旧来の最も悪い形が出てしまいました。中にはその問題に気づいていたスタッフもいたようで、それは救いでしたが。レポートの中にも地域住民の主体的参加を促して対策にあたるべし、という一項を入れるよう指導しましたが、まだまだ先は長いようです。

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